お金くれる人

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彼女との出会いは夜行バスの中だった。
彼女は好きなアーティストのライブツアーの追っかけをしていて、交通費を浮かせるために夜行バスを利用していたところ、その隣の席が僕だったのだ。
僕もまた実家に帰るための交通費を夜行バスで浮かしていた。お互いに自由に使えるお金は少なかった。
バスは満席ではないものの、そこそこに混んでいた。僕が発車を待っていると、彼女が僕の隣の席に座った。
僕より一回りは若く、白のブラウスに黒のサロペットを合わせたファッションが落ち着いた中にも若さを見せている女の子だった。
「失礼します」と、彼女は僕に会釈をして席に着いた。ちらりと横顔を見ると、なかなかに整っていて美人だった。
狭い夜行バスの座席でちょっと体を寄せれば密着しそうな距離で、僕は彼女に接触しないように気を付けた。これから長い夜をこの並びで過ごすのだ。痴漢扱いでもされたら逃げ場がない。
ただ、そんな危惧を嘲笑うかのように、配布された毛布に身を包んだ僕は、やがてバスの揺れの心地よさに微睡を誘われていった。
しばらくして、僕は肩口に弾力を感じて目を覚ました。照明が落とされた車内で、僕の肩には彼女の頭が乗っていた。眠った彼女が僕にもたれてきたのだ。
悪い気はしなかった。きっと彼女も疲れているのだろう、と僕はそのまま肩を貸してあげた。それ以上に不可抗力とは言え、女の子と密着できるのはなかなかに心地いいものだった。
ところが眠っていたはずの彼女が周りに聞こえないように小声で言ってきた。
「お金くれる人を探しているんです」
後から聞いた話によると、アーティストの追っかけにのめりこんで本当にお金に困っていたらしい。
「だめですか?」
彼女の手が、僕を包む毛布の中に潜り込んできた。目的は明らかだ。薄暗い車内で周りは皆眠っていてこちらに意識は向けていない。お金をあげたら、僕は彼女に手こきしてもらえただろう。
だが、僕は「だめだよ」と彼女の手を押しのけた。僕もお金がなかったから彼女の気持ちはよくわかった。しかし、それは後できっと後悔する行為だ。
すると彼女は「ごめんなさい」とすぐに手を引いた。
「あの時、お金貰っていたら、お金くれる人になっていたね」
その後、僕たちは連絡先を交換して、今では友達になっている。あの時、お金を渡していたら、彼女の中で僕は「お金くれる人」以上の存在にはなれなかっただろう。
わりきり
割り切りの意味
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